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人生はプログラミング【森博嗣】新連載「日常のフローチャート」第2回

森博嗣 連載エッセィ「日常のフローチャート Daily Flowchart」連載第2回

 

【すべてが想定内になる?】

 

 自分の将来に対する計画に、このような「もしこうなったら」という「if文」を加えて想定する人は、どれくらいいるだろうか? 皆さん、自分のことですから、それくらいは考えた方がよろしいのでは?

 たとえば、自然災害に対する備えなどは、もし最悪の事態になったら、と考えることからスタートする。そういう不吉なことは考えるだけで憂鬱になるものだが、いくら「絶対大丈夫」と願ったり信じたりしても、災いが防げるわけではない。危険の確率には、その人の願望は影響しない。しかし、危ないもの、危ないとき、危ない場所を避けることで、確率を下げることは簡単にできる。さらに、万が一、その危険が現実のものとなった場合にどうするのか、と考えることで、実際に遭遇したときに焦ってパニックにならずに済むし、また、保険などのように、不運から抜け出すバックアップを用意しておくこともできる。

 ようは、まずは考えること。しかも、自分の都合の良いことを考えるのではなく、その逆で、自分に都合の悪い事態に対する方策を練っておくことが大事だ。

 起こりうる可能性をあらかじめ検討しておくことで、すべてが「想定内」になる。人間の想像力というのは、非常に優れていて、本気になって考えたら、ほぼ想定外のことを排除できるだろう。考えもしなかったことは起こらない。それが起こるとしたら、考えなかったからにすぎない。

 未来は未知であるから、精確な予測が不可能な事象が多い。しかし、幅を持った予測は可能で、最高でこれくらい、最低でこの程度、という範囲を想定することができるだろう。台風の進路図と同じで、70%の確率でこの範囲、といったふうに。

 基本的に、最悪の事態を予測しておくこと、つまり、悲観的な将来を思い描くこと。さらに、最悪の場合でも、ここだけは免れるように、という部分を確保すること。これは、工学の設計思想の一つ、「フェールセーフ」の考え方でもある。事故に遭って、自動車が大きなダメージを受けても、乗っている人間が死なないようなデザインをする。

 僕はよく、犬を乗せてドライブに出かける。クラシックカーに乗っているので、いつ故障するかわからない。だから、必ず犬のリードや糞の始末をする道具を持っていく。普段のドライブでは犬を車から降ろすことはない。実際に故障して立ち往生したことは一度もない。でも、必ず毎回持っていく。そういった心構えがあれば、おそらく、うっかり事故も幾分確率が下がるだろう。

次のページ調子が良いのは今だけだ、と考える

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✳︎森博嗣先生の連載エッセィ「静かに生きて考える」は、第36回が最終回となります。読者の皆様には大変ご好評いただきまして誠にありがとうございました。本連載は、2024年1月に書籍化され発売予定でございます。未発表原稿(第37〜40回)を書籍に収録いたします。どうぞお楽しみに!「静かに生きて考える」連載バックナンバ1031日までご覧になれます)

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森博嗣

もり ひろし

1957年愛知県生まれ。工学博士。某国立大学工学部建築学科で研究をするかたわら、1996年に『すべてがFになる』で第1回「メフィスト賞」を受賞し、衝撃の作家デビュー。怜悧で知的な作風で人気を博する。「S&Mシリーズ」「Vシリーズ」(ともに講談社文庫)などのミステリィのほか、「Wシリーズ」(講談社タイガ)や『スカイ・クロラ』(中公文庫)などのSF作品、また『The cream of the notes』シリーズ(講談社文庫)、『小説家という職業』(集英社新書)、『科学的とはどういう意味か』(新潮新書)、『孤独の価値』(幻冬舎新書)、『道なき未知』(小社刊)などのエッセィを多数刊行している。

 

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